にっき・日記 ― 6/21〜6/24 ―

6月の下旬もスケジュールがいっぱいでした

手帳やカレンダーに書き込むだけでは何か忘れやしないかと不安で 食卓の真向かいの食器戸棚にも張り紙をして過ごしてきました



6月20日は高源寺へ出かけました



6月21日は わが家の庭のツツジ類の剪定をしました


高源寺でスイレンが咲きだしたとの知らせに さてわが家は?と見てみると わが家でも咲いていたのに 辺りが鬱蒼としていて気付かずにいたのです


ずっと気になりながら放置していたのですが とうとう意を決して低木の葉刈りをすることにしました


頑張った結果 それなりに庭はスッキリ綺麗になりました

スイレンの花が咲いていた手水鉢回りも はびこったハツユキカズラを間引いたりしてサッパリさせたのですが 周りに鉢植えを置いたらまたゴチャゴチャになってしまいました

それでも これなら次にスイレンが咲いた時には すぐに気づくのではないでしょうか



6月22日は 東近江市で開かれた「滋賀県母親大会」に参加しました

午前は分科会で 今回は19のテーマが準備されていました

今までなら てっとり早く「うたごえ」に参加していたのですが 今の私は歌を歌うことが出来ずにいます

なので「おかあさんも先生もみんな集合」という分科会に参加しました

来年春から小学生の孫たちとの生活が始まりますので 私は「おかあさん」ではないけれど 最近の学校や子どもたちのことを知っておこう・・・とこのテーマを選んだのです

保育士さん 小中学校の先生 先生のOBの方 学童保育の方たちから様々な話を聞いて 子供を取り巻く環境が大きく変わっていることを強く感じました

学力テスト ゲーム 親の働き方や格差など 問題がいっぱい・・・

そんな中で 子どもとどう向き合えばいいのか・・・

★子どもの話をとことん聞く ★子どもにいい記憶をたくさん残してあげる

おばあちゃんとしても 孫との接し方のヒントを得たように思いました


午後の全体会では 「子どもたちに平和な未来を手渡そう 〜講談師が語る原発ゼロ福島の祈り〜」と題する 講談師 神田香織さんの記念講演を聞きました

神田香織さんは 二つ目になった時の記念にとサイパンに旅行し その時観光名所として案内されたのが 戦争中追い詰められた日本人が飛び降りた「バンザイクリフ」という戦跡だったそうです

そこに立った時に 「戦争」を講談のテーマにしてみようと思ったのだそうです

また 中沢啓二さんの「はだしのゲン」を講談にし 語り続けて28年とのことで 講演中にもその一部を聞かせてくださいました


神田さんは福島県いわき市の出身ですが 会場には福島から滋賀県に避難してきている青田さんという方が来ておられ 青田さんの「一万円」という詩も朗読されました

他会場での朗読の様子がこちらにアップされています(先に長い広告が入っていますが・・・)

福島第一原発事故で甚大な被害を受けている人々への 東電の冷たい対応を如実に語っていて 改めて腹立たしさを覚えました



6月23日は 人生で初めて「検察庁」というところへ行きました

自転車置き場に自転車を停めたら そのそばに玄関らしきものがあり こちらにも入口があるんだ・・・と思いながら入って行ったら なんだか暗い雰囲気・・・

恐る恐る受付に声を掛けると 検察庁はあちら・・・と

大急ぎで初めに見た方の玄関へ入り直しましたが どうやら先に入ったのは拘置所の玄関だったらしい・・・



6月24日は 恒例の人間ドック受診のために京都へ行きました

昨年から受診を始めたMさんと今年も一緒です

長年受診し続けてきた夫は もういません

前日の検察庁では 夫がどれだけ沈着冷静で慎重な人であったかという事とともに 長生きするためにどれだけ健康に気を付け どんな努力を払っていたかなどを検察官に話して来たばかり・・・

高額な人間ドックの受診もその努力の一つでした


脳ドックやPET検査など 例年通りドック1日目の検診を受けた後は これもまた例年通り伊勢丹京都9階の「市場小路」へ

オープンビューと気楽な雰囲気が魅力のこのお店は 夫のお気に入りでした

昨年は同窓会の打ち合わせ後に ほかの幹事さんたちを案内してきて大変喜ばれたと 嬉しそうに話していました

偶然にも昨年と同じ日 同じ席でした

そこでMさんと二人 ゆっくり語り合いました

話に夢中になっている間に 陽は西山に沈みかけ・・・

やがて京都タワーもライトアップされ 京都の街に夜の帳が下りました


今年は1日目の検診が終わってこのお店に来たのですが 昨年は延べ2日間の人間ドックが終了した日にこのお店を訪れています

そして その様子をブログ記事にしたのですが、その記事の結びは次のようなものでした

来年も京都タワーを眺めながら ここで「健康」の祝杯があげられますように…と願いながらお店を後にしました

それなのに・・・ 健康の祝杯どころか 三人揃って人間ドックを受けることさえできなかったのです

こんなことになるとは・・・

悔しいけれどこれが現実です

今年は それぞれの夫の分まで健康で長生きし また前向きに生きていこうねと誓い合ってお店を後にしたのです



昨日 6月25日はアパートへ行きましたが それはまた明日か後日に・・・